今この時点の総て=自分史上最高の自分。

こんにちは。

 

青春時代を思い出す時、

 

森田公一とトップギャランは、「夢なんて後からほのぼの思うもの」と歌っていました。

 


青春時代 / 森田公一とトップギャラン

 

 

確かに、、、

 

辛いことも沢山ある時期です。

 

でも、他の人生の時代時代でも、やっぱり辛いことは欠かせない。

 

ある精神病の患者の方は、

「病気は人生のスパイス」と言う名言を残しています。

 

その時、

青春時代を思い出したなら、どんな『空気感』が漂っていたでしょうか?

 

その『空気感』。

種類は違えど、その後も様々色と手と品を換え、時代時代を彩っていた…。

 

そんな風に感じるのは私だけでしょうか?

 

例え、一年ほど前の事でも、

懐かしく思い出せてしまいます。

 

「今、私は幸せではない」

 

何故ならば、、、

 

「昔、あんなに幸せだったから」

「未来、もっと幸せになっているはず(『あの頃』みたいに!)だから!」

 

 

でも、後から思い出したならば、

究極の話、死ぬ寸前、懐かしく、愛おしく、

自分の人生の寸断寸断を、幸せに思い出すものなのかも知れません。

 

ちなみに私は、中学生時代ぐらいから、小学生時代を懐かしく思い、

高校生時代は、中学時代を懐かしく思い、、、

 

と、無限にループを繰り返してきました。

 

しかし、人と話をしている時に気づかされたことがあります。

 

私は自分を評価して、高校時代、冴えない生徒だった。

と思っていたけど、

 

ある人の記憶では、

「学年の人気者No.10の投票に入っていたよ」と言われることがあったのです!

 

記憶は定かではない。

 

でも、そこには確かに「空気感」がありましたよね。

 

 

それは、この一瞬一瞬にも及んでいて、

「今、この時点での空気感」は、

いつか必ずや懐かしく思い出すはず。と思うのです。

 

 

もし、昔の青葉の様な清々しい空気が味わいたい。と思うならば、

 

例え今、どんな状況であったとしても、

 

今、この時点において、

その時と種類は違うけど、「あの空気感」に包まれている事実を思い出したほうがいい。

そう思います。

 

実は、見えているものや、身を取り巻く環境や、ステータスの違いがある「だけ」で、

 

今、この時点においても、

愛おしい空気感は渦巻いて周りを取り巻いているのだと、気づきました。

 

 

 

未来志向の人でも、ノスタルジーに傾く人でも、みんな等しく、

今、この時間を、煌びやかな色合いで満たすことができるのです。

 

 

あ、今って、昔と同じなんだな。

空気感をコピーして貼り付ける様に、

今を輝かせてしまえばいいんだな。

 

と気づいて、

今を大切にしたなら、

きっと、また同じ様に後悔せず、

 

「今出来る事(例え限定的であっても。いや、限定的である方がいいのかも知れない)」をやろうと思えると思うのです。

 

今、この時点、この場所、この体は、

 

喜びに満たされています。

幸せだらけです。

愛情たっぷりです。

(そうは思えない時も、あるけれども、その時は、「やっぱり、そう感じるのは無理なんだな。」でいいんだと思います。)

 

 

 

自分に優しくすると言うのは、

「今この時点を愛おしむ」。

これによってなし得るものなのかも知れません。